マイ・ICチップ



 「速記官、先ほどの証人の証言を読み上げてください」。刑事裁判の法廷、映画かドラマかで見たシーンです。速記官は証人の口元をじっと見つめて、速記タイプという機械に証人の一言一句をたたき込んでいたのです。裁判長の指示でタイプ機から紙テープを引きずり出した速記官はポツポツと小さなマークを見ながら、証言を再現したのです。へぇ〜と感心してしまったのを憶えています。録音テープじゃこうはいきませんね、録音機を通さないと再生できませんから。

 コンピューターでも2〜30年前は紙テープというもの使っていました。ポツポツと穴をあけてデータを記憶するのです。今や磁気ディスクから本体のメモリーにデータを読み込んで計算するのが主流です。磁気ディスクは記録面を見ても何も読めません。鏡のようにピカピカで自分の顔が映っています。

 本体に取り付いているメモリーは電子回路をセラミックで固めた塊。記憶部分の表面なんて見えません。電子回路ですから読んだり書いたりするスピードはとても速いのですが、電気が切れるとすべての記憶を失ってしまいます。

 USBメモリーも電子回路なのですが、パソコンに差したり抜いたりしてもちゃんと記憶しています。どうして電気が無くても記憶を失わないのかというと、電子を封じ込めるという画期的な工夫のたまものです。古くはファミコンのゲーム・カセットがそうでした。デジカメや携帯電話のSDメモリーカードもそうです。

 メモリーは記憶回路だけです。さらに計算回路も組み込むと、これはもう、ちょっとしたコンピューターです。交通系ICカードがそうです。コンビニでも使える電子マネーばかりか、商店街のポイント・カードもICカードです。

 計算回路も組み込んだとなると電力が要ります。記憶回路のように封じ込めた電子では電力になりません。小さなアンテナを組み込んで、電波を受けて電力に変え、計算回路に供給するようになっています。読み取り機から電波が出ています。ピッとタッチしているあいだにサッと計算するだけですから、わずかな電力で間にあうのです。それとカードと読み取り機が通信を交わしています。なにを通信しているかは定かではありませんが、料金不足のときはクレジット会社を通じてチャージするサービスもありますから、読み取り機の先にあるサーバー機にデータを送ってビッグデータに溜め込んでいるんでしょう。

 となると、ICチップ入りのカードというと計算回路が組み込んであるのかが気になります。運転免許証はどうでしょう? 本籍がみえないようにするためICチップをいれたとのことです。自販機に免許証をタッチすればタバコを買えますから、タスポ(たばこ購入用カード)と同じく計算回路入りでしょう。

 マイナンバーが通知されました。通知カードです。赤ちゃんでもこの国に居住する外国人にもです。これを持って他の身分証明書と一緒に申請すると「個人番号カード」が交付されます。写真入りで裏面にしっかりとマイナンバーが印刷されているそうです。そしてICチップが入っているとのことです。何が目的なんでしょう? 税務官に質問するチャンスがあったので、聞いてみました。「さぁ、いちいち書き写さなくてもすむからじゃないですか」 そうか、マイナンバーは漏らしてはいけないんでした。ですからピッとタッチすれば周りの人に見られない…… であれば計算回路入り。

 マイナンバーは納税者の名寄せが目的です。所得税とか資産税とか直接税の名寄せです。所得とか資産を分散させて納税を逃れていないかをてっとりばやく捜すためです。そんな所得も資産も無い私は確定申告は年1回です。個人番号カードをあちらこちらでピッ、ピッとタッチする場面が想像できません。

 零細であってもどの事業所も役員・従業員の報酬・給与にかかる直接税を代納しています。顧問の税理士や社労士の報酬もです。代納のときに役員、従業員、顧問のマイナンバーを知らせよとのことです。マイナンバーは変更できませんから1人につき1回ひかえておけばすみます。金融機関も顧客の利息にかかわる直接税を代納しますので、預金した金融機関に知らせねばなりません。口座を開いてピッとやるのは1回です。生命保険の保険金にも直接税の代納があるので、保険金をもらうときにピッ。株式取引をやるなら証券会社でピッ。本に記事でも書こうものなら出版社でピッ。それから… 税の捕捉のためなら徹底してやらねばマイナンバーの価値がありません。でも私のこれから人生でそう何回もピッピッとやりそうもありません。ならば、ICチップ入り個人番号カードは不要ですね。

 のはずが、年金・健保や医療にもマイナンバーを使うことになったうえ、間接税の消費税の軽減税率分の還付とか、NHK受信料の義務化に使うとか。政府の官僚さんたちはこれからもいろいろ転用をあみ出しそうです。

 あちらこちらのコンピューターでマイナンバーを記録するとなれば、そのうち、あちらこちらでマイナンバーが漏洩するかもしれません。年金番号が大量に漏れましたから。

 それにつけても個人番号カードのICチップには何が記憶されているのでしょう? 紙テープではないですから覗いてもわかりません。



 電気が無くても記憶する電子回路を最初に工夫したのは、あの東芝の社員さんです。

 読み取り機の電波しだいでは、そこそこ離れているICカードとも交信可能でしょう。持っている人に気付かれずに交信しているかも。

 ICカードはアルミホイルなどで挟まないでください、電波が遮断されてしまいます。電子レンジでチンしないでください、回路が壊れます。放射線も避けてください。

 転記の手間を省くならバーコードで充分ですよね。

 控えたマイナンバーをパソコンに記録しないで、現金や権利書のように金庫にしまっておきましょうか。そうだ、従業員や顧問に目隠しシールを配って、税務署に提出する書類のマイナンバーの上に貼ってもらおう。そしたらパソコンも金庫もいらないや。

 そのうち愛玩動物(ペット)のようにICチップを一人一人の身体に埋め込むなんて言い出すやも知れません。なにしろオカミは手を抜いて楽をしたがる動物なのだそうですから。え?もうやっている国家や企業がある?



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