東京タワー



 関西の先輩にわが社の地元を案内しました。まずは向島百花園、江戸の昔から文人墨客が訪れた名所です。そこからフンイキのある商店街や、三味線の音が聞こえてきそうな料亭街(花街)をぬけて、桜の名所の墨堤(隅田川の土手)へ出ます。彼岸の待乳山聖天、言問橋越しに浅草を眺めて… なかなか風流な街でしょう? 下流に向かって左へ視線を向けると、第2東京タワーがすっくと、まだ建っていません。そのうち高さ600メートルの電波塔が地元の名物になるでしょう…

 この鉄塔から発射されるテレビ電波は、地上波デジタルです。そもそも光も音もアナログですね。これをデジタル信号に直して電波にのせたのがデジタル放送です。受信したら電波からデジタル信号を取り出してアナログに直して再生します。ひと手間ふた手間多いようですが、そのメリットというか、目的は電波帯(周波数帯)の節約ということらしいです。携帯電話とか無線LANとか電波を使う機器が増えてきたのに、使用できる電波帯は限られているんです、国際条約で。電波帯を幅広に使う繊細なアナログよりは、単純なデジタルのほうが小幅ですみそうですから、電波帯を小分けできるってわけですね。

 そのほかにも、詳細なデータを送れるとか、データが劣化しないとか、デジタル化はいいことづくめです。え? アナログからデジタルへ、デジタルからアナログへと変換する手間がかかる分、暇が生じないかって?

 いったんデジタルにしたらコンピュータの出番なのです。映像でも音声でもデジタルのデータをコンピュータで圧縮して放送し、受信したテレビのほうもコンピュータで解凍してから再生します。よけいな手間をかけるのですが、圧縮・解凍に要する時間と、減らしたデジタル量で稼げる時間を比べると、圧縮・解凍の時間の方が少ないので、遅滞無く送れるようになります。コンピュータは速くなっていますから。

 それから、直前に放送した映像とこれから放送する映像を比較して、同じ部分は送らないで受信側はその部分はそのままにしておく、なんていう手間も掛けています(どの部分を送らないかという情報は送っています)。比較をするのに時間がかかっても、送らないですむ時間が稼げるからです。

 そのほかいろいろとコンピュータを使って工夫はしているのでしょう。それでも、デジタルは遅れているのがわかります。地上波デジタル放送とアナログ放送を見比べてください。同じ番組なのに、デジタルのほうがちょいと遅れて映像が出てきます。ほんのン秒ですが遅れています。そうそう、お手持ちのケータイのワンセグ・テレビ放送もデジタルです。画面がうんと小さいから、放送するデジタル量は相当少ないはずですが、それでも遅れています。

 いくらコンピュータが速いといっても、今回のデジタル化はリアル・タイム放送ではないんですね。時報はあわない? 秒をあらそう「緊急地震速報」は大丈夫?

 それはさておき、コンピュータを使って工夫しているなら、電波の放送でなくてもいけるのでは? そうなんです、電話線が使えます。日本電信電話会社(NTT)はテレビ放送を配信するサービスを始めています。なお、電話線は光ケーブルになるので、まだ一部地域でのサービスです。

 地元の企業交流会で「最近の電話事情」と題した勉強会をやりました。NTTの営業マンは電話の解説はそっちのけで、光テレビ放送の仕組みやメリットを一生懸命に説明しました。思わず私は「これじゃ第2東京タワーは要らないなぁ」と言ってしまいました。営業マンは得意満面に微笑んで「大きな声では言えませんが、無くても大丈夫です!」

 NTTは盛んに宣伝していますねぇ、ギャラの高い人気タレントを使って。テレビや雑誌、折込チラシまでも。東武鉄道の浅草駅にはスカイ・ツリー(第2東京タワー)の広告が何枚も張ってありますが、その上にNTTの大広告板がありました。もちろん人気タレントを使った光テレビの宣伝です。東武鉄道は、第2東京タワーの建設主体会社であるというのに畏れ入ります。

 浅草を出た東武電車は隅田川をわたり業平橋(なりひらばし)駅に着きます。ホームに立と、第2東京タワーの工事の進みぐあいがよく見えます。隅田川の上流の秩父から鉄道で運んできた石灰石をセメントにする工場が駅の構内にあったのですが、その役目を終えた広い空き地がタワーの敷地になったのです。地元では放送がアナログだろうがデジタルだろうが電波塔としての役割には関心はないのです、たぶん。あるのは観光資源になるか、なのです。自治体もそうしかみていません。

 東京の下町には名所・名跡はたくさんあります。たたずまいを大事にしたい街もここかしこにあります。新しいタワーは地元にどう馴染んでいくのでしょうか・・・

 それとも、コンピュータがもっと速くなり、NTTが頑張っちゃって、タワーが時代遅れの文字どおり「無用の長物」になったりして・・・




アナログ【analog】
 ある量またはデータを、連続的に変化しうる物理量(電圧・電流など)で表現すること。⇔デジタル

 人間は光や音を感じていますが、そもそも光も音もアナログの信号です。人間の器官はアナログ受信っていうわけですね。アナログとは「変化のさま」とでも言っておきましょう。刻一刻と変化していくからその「変化のさま」を感じるのです。機械的に記録するには、変化のさまを凸凹の形状にしたり、磁気の強弱にしたりです。

 変化の途中の一瞬一瞬の数値にして取り出すとデジタルになります。言うまでもありませんが、数値を取る一瞬と一瞬の間隔が狭いほどよいのです。人間に悟られるほど間隔があいたら、文字どおり間の抜けたお話になってしまいます。記録するには二進数を使い、桁数はとても多くなりますが、ものすごく単純な記録となります。


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