第33報
'03.11.26

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マルチなイラチ


 マルチといえば、テレビなどの芸能界ではマルチ・タレントですね、歌手も俳優もこなすという。マルチ商法といえば親・子・孫・ひ孫・・・と販売と利益の構造を作っていく商法。ねずみ講まがいなので禁止されていますね(ウチのカミさんもきわどいのに引っかかっていました)。 わが業界ではマルチ・ウィンドウというのがあります(マルチ・メディアもありますが、これはまたいつか)。

 マルチとは多数、多重という意味になるでしょう。ワープロと表計算などそれぞれのソフトを表示する画面(ウィンドウ)を一つのモニタ画面(スクリーン)にいくつも表示するのがマルチ・ウィンドウです。パソコンが登場したときのMS−DOSではウィンドウは一つでした。それを多数表示するというのでマイクロソフトは「Windows(窓の複数形)」と名づけたのでしょうね。きっと。

 マルチ・ウィンドウを実現するには、マルチ・タスクという機能が要ります。すなわち多重処理機能。一度に複数の処理をします。人間なら右手と左手で別々の仕事をするようなもの。ウィンドウズが実現したのです。といっても大型コンピュータではとっくにやってました。コンピュータ室のコンソール[*1]を見ていると、Aという処理(ジョブと呼んでいた)とBとCが実行中で、D、Eが処理待ち…なんていうのが一目でわかりました。

 もともとコンピュータの原理から言うと、一刻に一つの仕事しかできません。機械は単純です(そのかわり高速。第32報「力ずく」)。では、どうやっていくつもの仕事を同時にやるのか? 実は同時にやっているように見えるだけなのです。

 方法の一つは時間割り(タイム・シェアリング)。たとえば1秒間Aの仕事をしたら、次の1秒間はBの仕事、その次の1秒間はまたAの仕事…というように時間を区切って仕事をします。1秒といいましたが実際にはもっと細かい時間割りをしています。1秒間にん百万回も計算する機械ですから。

 もう一つの方法は時間差攻撃。CPUは1秒間にん百万回も動きますが、ハードディスクに書き込んだり読み取ったりするのは、ん万、ん千回かそこらでしょう。百〜千倍の速度差があります。ですから、CPUはハードディスクからデータを読むように指示を出してから、ハードディスクが読みましたと報告するまで、暇で暇でしようがありません。ハードディスクはサボっているわけではありません、一生懸命働いているのです。速度感覚というか時間感覚が違いすぎるのです(第7報「ソフトのこころはハードなの」)。

 ちなみに私が100mを全力で走ったとして、世界記録と3倍の差はありますまい。マラソンは走りきれませんが、全部歩いたとしても十数時間あればゴールできるでしょう。世界記録と5、6倍の差にすぎません。徒歩と新幹線となると50倍の差。千倍となると徒歩とジェット機ぐらいの差でしょうか。

 CPUは暇で暇で… ならば、暇な間にほかの仕事をしよう、ハードディスクから読んだよと報告があったらその仕事に戻ろう、というのが時間差攻撃です。大型コンピュータのマルチ・タスクはもっぱらこれです。

 ところで、ハードディスクが遅いのは、CPUがエレクトロニクス(電子)の世界なのに、円盤を回転させるメカトロニス(機械)の世界だからです。それこそ、ジェット機と徒歩、世界が違うのです。それでもメカの世界ではハードディスクは速いほう。CD−ROMや光磁気ディスク(MO)は遅いし、フロッピー・ディスクはもっと遅い。プリンタはメカの塊ですからこれまた遅い。なお、メカのないモニタは速いです。

 そうなると、周辺機器でもっとも遅い機器は? それは、キーボードとマウスです。なんとなれば人間がいつ操作するか、コンピュータにはさっぱりわからないから(予測もできない)。

 さて、ウィンドウズでは、機能ごとに小さな部品(プログラム)にして、これらを連携して実行していく方式をとっています(オブジェクト指向といってます。第24報「善玉菌」)。この小さな部品どうしがマルチ・タスクをやっているのです。「自作のプログラムが思いどおりの結果を出さない」と相談がありました。原因はこのマルチ・タスク。先の仕事が済まないうちに次の仕事が並行して始まるためでした。当社でも悩んだことがあります。

 部品(オブジェクト)単位のマルチ・タスクもけっこうな機能です。効率をあげるのが目的なのですから。でもね、マルチ・タスクも順番を考えてくださいな。操作するのは人間です。いつ操作するかわからない人間からの指示があったら、まず「はい!」と応えるのが最優先でしょう。

 クリックしても何の反応も見せないからまたクリックなんてよくあること。パソコンの電源を入れた端は特にそう。ウィンドウズが何やらごそごそ動いていて、スタート・ボタンを押してもメニューがすぐに出てきません。忘れたころ出てきます。ウィンドウズが新しくなればなるほどこの傾向は顕著です。できないならできるようなフリをするな! できるというのは、指示したら「はい!」とすぐに応えること、そのあとで「ちょっと待ってね」は許す!

 ウィンドウズ・パソコンが家電にならないのは、使う人=お客を見ずに自分の都合だけでプログラムしているからですね。それが最先端だと思い込んでいるからタチが悪い。どこかの役所や公団、金融機関と一緒ですね。

 東京は下町生まれの下町育ちの私ですから気は長いほうではありません。ですがパソコンで口に糊するため我慢を憶えるようにしています。そうそう『大阪学』[*2]という本によれば、大阪の方々は「イラチ」とのこと。パソコンとどう気長に付き合っているのでしょう? 勉強に行こうかな、我慢の仕方…。



※1 コンソール 大型コンピュータを操る操作卓 モニタとキーボードなどからなる。昔はタイプライタだった。
※2 大阪学   大谷晃一(帝塚山学院大学・学長)著 新潮文庫 『続大阪学』もある。

第32報 力ずく
第7報  ソフトのこころはハードなの
第24報 善玉菌


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