工作所発

ういんどーず注意報
2001.7.20
PDF



デジタルは及ばざるがごとし


 ひところ、デジタル人間だ、やれアナログ人間だ、とか騒がれていました。私もアナログなほうで、うぃんど〜ず注意報もずいぶん久しぶりになってしまいました。この間、注意報のネタになる事象に出会うこと出会うこと。でも、今回はデジタルなお話。

 パソコンはもちろん、ファミコンやプレステだろうが、スパコン(スーパーコンピュータ)だろうが、コンピュータはデジタルで記憶して計算しています。デジタルとは「数字による表現」ということです。デジタル時計がそうですね。ですから、コンピュータは何でもかんでも数字に直して記憶しているのです。

 金額など数値はそのまま数字の表現ですから問題なくコンピュータは扱います(桁数の問題は残りますが)。

 文字は数字に直しています。いわゆるコード化(暗号化)で、どの文字を何番という数字にするかを規格化したのが、JISコードと呼ばれるものです。コードにしていない文字はコンピュータでは扱えません。

 絵は画面を細かいマス目に仕切って、1マスごとに赤緑青などの色の度合いがどのくらいかを数字にしています。ある大きさの絵をどのくらい細かく仕切るかが解像度。あまり粗く仕切ると絵がボケてしまいます。また、1マスを画素とも呼ぶようで、画素数は1つの写真をどのくらい細かく仕切るかです。だからデジタルカメラなのです。大量の数字が使われるのがおわかりでしょう。

 音は数万分の1秒ごとに仕切って、その瞬間の音の大きさを数字で記録するのです。数万分の1秒にするのは高い音を再現するためで、人間が聞き分けられる高音が数万分の1秒という周波数だからです。もっと高い音(10万分の1秒とか)が聞き分けられる動物にとってみたら、コンピュータが再現する音は間が抜けたものなのかもしれません。それにしても膨大な量の数字を使います。

 絵ではなく図は、その描き方を計算式(つまり文字)にして記憶します。同じように音楽も楽譜という計算式で記憶します。

 アナログ人間の私は、携帯電話の待ちうけ画面は長針短針のアナログ時計にしています。アナログとは「連続的な形式での表現」です。すなわち長針の角度(傾き具合)を見て、あと何分ぐらいと感覚的に判断できますが、デジタルだと引き算、それも不得手な60進法の引き算をしなければなりません。ことほどさように、細かいことを言えば正確ではなくても、感覚的に量を把握できるのがアナログ表現なのです。

 表計算ソフトでグラフ表示が出来ます。円グラフも棒グラフもアナログ表現ですね。自宅のパソコンを買ったとき、表計算ソフトを試そうとしたのですが、家庭にはなかなかデータというのが整理されていません。ようやく電電公社(現NTT)の電話代の通知はがきの束を見つけ、年月ごとの電話代を入力しました。数年分です。金額をざっと見ると、どの月も何千円台、よく見れば差はあるのでしょうが、目立ちません。さて、これを棒グラフにしました。すると一目瞭然、毎年ある月の電話代だけが特に高いのです。つれあいによると「毎年開くバザーの連絡よ」...アナログ表現が表計算のウリのひとつなのです。

 デジタルからアナログにもどしたのが自動車のスピード・メーターです。車を走らせてからスピード・メーターの針が上がっていく様子で加速の感覚を確認しています。これをくるくると数字が変わっていくデジタル表示だと、この感覚が得られません。安全性を考慮すれば断然アナログです。新幹線には『現在時速250km』とかデジタルの電光表示がありますが、頭の中で「おお速いな」と考えるだけです。

 自動車の話でもうひとつ。以前いた職場でパソコンのF1ゲームが流行りました。画面に運転席とコースが映り、エンジン音が響くというものです。昼休みに『フェラーリでモナコを何秒でまわった』などと社員どうしで競い合っていたのです。就業中でもゲームにチャレンジする不心得者がいましたが、いつも惨憺たる結果でした。何度やっても「エンジンが壊れた」とのメッセージ、ゲームになりません。就業中のためバレないようにパソコンの音を断っていたのが原因でした。回転数は画面にも出ますが、コースのほうへ目がいってますから見ていられません。そのうち回転数があがりすぎて「エンジンが壊れた」...昼休みはパソコンの音を出していますから、エンジン音が聞こえています。エンジン音のうなり具合でエンジンが回りすぎているとか、パワーが足らないとか判断できたのです。連続して聞こえるエンジン音もりっぱなアナログ表現です。これがないばっかりに就業中は...

 ことほどさように、アナログといって侮ってはいけません。デジタルは及ばざるがごとし、ということもあるのですから。




 TOPへ