消すな!



 旧い友人から、彼の事業で使うソフトの相談を受けた時のこと。
「入力する伝票はこれ。チャチャッと入力したいからさ、こことここの金額のところぐらいでいいかな」
「ふむふむ」
「そんで、顧客別にとか、年度別にとか、いろいろ集計したいんだよな」
「おいおい、そんな集計は出来ないよ。金額だけじゃ無理。お客の名前も日付もちゃんと入れなきゃ無理!」
 いくらコンピューターだって無いデータを計算することはできません。

 パソコンも大きくなっています。ですから、事業の大量の伝票などを記録できますし、記録しておけば何かと便利そうです。とりわけデータベースは蓄えたデータを引っぱり出すにはとてもよく出来ていますので、記録にはデータベースがおすすめです。

 が、しかし、データの入力がネックなのです。手間をかけずに精密な情報が欲しいという旧い友人の気持ちはもっともなんです。ですからソフト屋としては、いかに入力しやすく作るか、これが腕の見せどころのひとつなんですね。出来上がったソフトで入力するお客様がストレス無く作業できていたら「やったね!」なんです。

 とはいえ、いったん登録したデータを呼び出して追記するとか、訂正するとか、入力しなおしはあるでしょう。ソフト屋としては、どこをどのように入力しなおしたかを記録しておきたいと思うのです。なんとなれば、どこの箇所の入力しなおしが多いかとか、入力の操作の傾向を解析して次のソフト作りに活かしたいのです。が、そこまで作りこんだことはありません。

 「“訂正”と“変更”とは違うのだ」と議論になったことがあります。契約を記録するソフトなんですが、訂正は入力の誤りを直すことで、変更は契約の内容を改めること、ということにしました。訂正は記録者の都合ですが、変更は契約者の意思なんですね。ですから訂正はデータを上書き、変更は元のデータを残して新たなデータを追加して、変更前と変更後の記録を残すことになりました。

 そうそう、同窓会を企画したときのことです。同窓会名簿では旧姓も記載しました。同窓会の会場では現姓は要りません、旧姓で呼びあいます。でも案内状は現姓でないと届きません。苗字の訂正ではなく、変更なんですね。

 さて、削除はどうでしょう。

 同窓会名簿では、鬼籍に入った級友はそのことを記載します。名簿から抹消しません。会場で話題になるでしょうから。

 契約の記録では、満期になったとか契約者が解約したとか抹消する理由とともに記録します。記録を削除することはありません。あとで業績などの集計に必要ですから。

 販売の記録の場合、請求を削除しようにも入金のデータがあるなら、おいそれと削除というわけにはいきません。

 入力を誤ったから削除したいという場合でも、データを削除したくありません。削除したと記録してデータを残したいのです。「誤って削除したから復元したい」と言われても無いデータは復元できませんから。ですから削除の操作はワンタッチで簡単には出来ないように工夫します。

 今や計算機の記憶容量の心配はありません。データを削除しないで、「削除したという記録をつけ」てどんどん残しましょう。振り返ってみることがあったら、何かの役に立つかもしれません。

 記録を残していたら、それが公表されていようがいまいが、児孫たちはデータを探し出してでも眺めるでしょう。それを彼らがどのように評価するかは、残した本人には知りようがありません。ですが、良くも悪くも彼らの役に立つでしょうね。記録は未来への贈りものですね。データを消すことはしないようにします。公文書ではなくてもね。

 あっ、残すのは自分たちのデータです。調査などでお客様からお預かりしたデータは、作業が済めば直ちに削除しています。



出処が確かなら、間違えたデータであろうが何であろうが、どんどん蓄えるのが「ビッグ・データ」です。思わぬ分析ができたりするかもしれませんから。

ヒラリー・クリントンのメール
 国務長官の職にあったヒラリーさんは2つのメールを使用していました。ひとつは私用のための民間が運営するメール、もうひとつは公務用の政府が運用するメール。メールはスマホからいったんサーバーに送られ、相手が受信すればサーバーから削除されます。ところが政府運用メールは相手が受信しても、サーバーから削除しないで保管しています。たとえメールが極秘の命令や報告であっても、何十年か後には公開するからです。これは歴史を検証するためのアメリカ合衆国の公文書のルールです。国務長官としての公務の連絡に私用メールを使ったのは職務規律違反、それと知っていてやったのなら犯罪です。ですから選挙戦のとき「公務に私用メールを使っただろ!」とトランプが噛みついたのでした。


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