工作所発
うぃんど〜ず注意報 第4報
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プロポーションの好いフォント

 昨年の秋、友人がパソコンで作ったというリーフレットを読んでいたのですが、どうにも読みづらいのです。文章がヘタなのではありません。実はバスの中で読んでいたのです。バスが揺れて紙面から目が離れてしまう、読んでいた個所に目線をもどそうとする、ところがどこだったか分からなくなって探してしまうのです。探しているうちにバスがまた揺れる。まったく分からなくなる。決して老人力のせいではありません。リーフレットの前に読んでいた雑誌では、こんなことはおきませんでした。しかたなく揺れない場所に着いてからリーフレットを読みました。好い文章でした。

 それから数日後、ちょいと長めの説明文をワープロで打っていた社員が、どうも見づらいな、とぼやいていました。それを見て、はたと気づきました。先のリーフレットもこの説明文も文字がプロポーショナル・フォントだからだ。
 プロポーショナルは女性の容姿を言うときのプロポーションの形容詞です。このフォントは、文字ごとに幅が違うのがウリです。たとえば「W」は幅広で「I」は狭い。文字ごとにグットなプロポーションなのです。この文字を並べて単語にすると見栄えが良くなります。ですが、これはアルファベット文化の話。日本語文化では「活字は同じ大きさで並んでいる」ことになっています。教科書、単行本、新聞、雑誌、漫画の吹出し、テレビのテロップ、映画の字幕、どれをとっても、日本語は活字が同じ大きさで並んでいるのです。(学生時代、ガリ版を切るときに難しい字もやさしい字も同じ大きさに書け、と先輩の指導を受けたものです。)そこへ一文字一文字大きさの違う字を並べられたのでは、読みづらいのは当たり前だったのです。我々の感覚には馴染まないのです。
 プロポーショナル・フォントはウィンドウズとともに登場しました。それまでは、アルファベットだろうが漢字だろうが、画面の文字の大きさはどれも同じ、プリンタも同様。これが、パソコン、モニタ、プリンタの技術が発展し、グラフィック処理が高速にできるようになり、プロポーショナル・フォントが可能になったのです。アルファベット文化には福音だったでしょう。昔、英文ワープロがあるということを聞いたとき、かな漢字変換の必要も無い英文になんでワープロが要るのか、タイプライタがあるじゃないか、と反論しました。すると、英語の教科書を思い出せ、1行1行の右端がそろっているだろう、手書きやタイプライタじゃうまく行のおわりに単語がおさまらない、へたすりゃハイフンで次の行へつなぐ、1行1行に単語が収まり右端がそろうように間隔を調整するのが英文ワープロだ、と答えが返ってきました。さらにプロポーショナル・フォントで文字の体裁が整えば、見た目とてもきれいな文章が作れます。英文は、単語が空白で区切られているから、目で追うときは数単語ずつ認識していくのでしょう。だからどこまで読んだかバスにゆられて目線がはずれても、もとの位置にもどりやすいと思うのです。
 いっぽう、日本語は単語を空白で区切っていません。ひらがなと漢字を混ぜて使っていることと、助詞(てにをは)があるから、いちいち空白で区切らなくても目で追いやすいのです。文字が同じ間隔で並んでいればこそですが。(ひらがなだけの点字の場合は、いかに空白をいれるかが読みやすさのポイントだそうです)。
 日本語のフォントには「明朝体」「ゴシック体」「楷書体」などがあります。「草書体」「江戸文字」「教科書体」「ポップ体」など様々なフォントも市販されています。プロポーショナル・フォントは「MSP明朝」とか「HG丸ゴシック−PRO」のように「P」とか「PRO」などプロポーショナルを示す記号が入ってます。マイクロソフト社の「MSP明朝」でひらがなの幅を比べてみました。「お」「わ」などは幅広で、「う」「り」などは幅が狭く、句読点「。」「、」も幅が狭いです。このフォントで文章を作成すると、空白の区切りがないから字がぎっしり詰まってきます。ですから当然読みづらい。
 さて、日本語ワープロソフトとかな漢字変換ソフトが、パソコンの普及をおおいに助長したことは言うまでもありません。ウィンドウズにもアクセサリに「ワードパット」というワープロソフトが入っています。マイクロソフト社製ですが もちろん日本語対応です。ところが悲しいことに規定のフォントが「MSPゴシック」、プロポーショナル・フォントなのです。日本語文化に対応していません。同社の「ワード」は「MS明朝」でした。原稿用紙のように1行の文字数と1ページの行数が決まっているほうが日本語向けと思うのですが、「ワード」の既定はそうなっていません。日本語文化にしっくり馴染んでいるとは思えません。日本語文化で育ったメーカーにもっとがんばってもらいたいものです。
 そして、私も社員も「新しいから良いのだ」という信仰を捨て、ユーザーとして「自分の感覚で判断する」ことを心がけていきます。
 ところで、日本語にはプロポーショナル・フォントが無いみたいに書いてましたが、無いわけではないのです。落語の寄席文字や相撲文字はみごとなプロポーショナルです。「貴乃花」の「乃」の字は「貴」「花」に比べてとても小さい。でも、看板や番付表などごく限られた空間に名前など書く程度、そう一目で読み取れる範囲です。ですからこったデザインの文字でも読めるのです。まさか寄席文字で文章を書く事は無いでしょう。文章にはプロポーショナルフォントはむきません。

 
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